ダンナが経験した、身の毛もよだつ恐怖体験
今週のお題「ちょっとコワい話」
寝苦しい夜が続いています。
少し涼しくなるように、ダンナが経験した、身の毛もよだつ恐怖体験をご紹介したいと思います。
季節は初冬。いつもなら自動車通勤のダンナですが、その日は仕事の事情があって、徒歩で自宅への道を急いでいました。
時間は、夜中の2時頃。急勾配の坂の中腹に立つ我が家に、もうすぐ辿り着こうかという頃、後ろから、カツン、カツンという音が響いて来ます。
カツン…。カツン…。
「こんな時間にハイヒールを履いた女性?」
凡子の家の辺りは、山間の住宅地。夜の人通りは、殆どありません。
宵の口なら点いている家々の灯りも、今は消され、周囲はしんと静まり返っています。まばらな電灯の光だけが、暗い舗装道路をかすかに照らしています。
こんな遅くに歩いている女性を少し訝しく思いながらも、そんなこともあろうかと、ダンナは少し息を切らして、急な坂を登ることに集中します。
「今日はさすがに疲れたな」
重い鞄をゆすりあげ、一息ついたそのとき、
カッカッカッカッカッカッカッカッ……
ハイヒールの主と思われる人物が、猛然と坂を登り始めたのです。
カッカッカッカカカカカカカカカッッッッッッ……
恐ろしい程の靴音を響かせて、ハイヒールの主が近づいてきます。
おかしい。こんな時間に女性が? しかも、このスピード。
カッカッカッカカカカカカカカカッッッッッッ……
女性が夜中、出歩かなければならない事情があったとして、前方に男がいれば、どんな女性であれ、少しは脅威に感じるのが普通ではないのか。
歩みを遅らせることさえあれ、こんな速さで坂を駆け上がるなんて。
ガガガガガガガガガガッッッッッッ……
足音はいや増しに速くなり、もはやそれは尋常ならざる速さ。
坂のはるか後方にいたはずなのに、どんどん間合いを詰めています。
ガガガガガガガガガガッッッッッッ……
もうダンナのすぐそばまで、迫っています。
女性? いや、この速さ、人ではない。
驚異的な速さで近づく理由は、俺を襲うためではないのか。
恐怖で、後ろを振り返ることができません。
冬なのに、背中に汗が滴り落ちていきます。
家までは、後少し。しかし、家に飛び込むより先に、追いつかれてしまうだろう。
もうダメだ。襲われるぅぅぅぅ………。
意を決してダンナが、後ろを振り返ります。
そこにいたのは、髪を振り乱し、金色の目をかっと見開いた異形のもの……
ではなく、立派な体躯のカモシカ。
そう、凡子の自宅付近は、山と地続き。
自宅に庭にヘビがいたり、車に轢かれた狸の死骸が道路脇にあったりするくらいには田舎。
寒くなり餌を求めたカモシカが、山から下りてきて、付近を物色していた模様。
カモシカは、「お前邪魔」とばかりに旦那を一瞥すると、猛烈な勢いで坂を駆け上がって行ったのでした。
ハイヒール音だと思ったのは、カモシカの蹄。
四足だから、確かに速い。坂道もへっちゃら。カモシカの推定時速、80km。
ご名答。確かに、ダンナの予測通り、人ではない。
ヘナヘナとその場にくずおれるダンナ。
こうしてダンナの恐怖体験は、幕を閉じたのでございます。
どんとはらい。